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心の余裕

水曜日あたりから腰痛で少々辛かったけど、

なんとか週末を迎えることができました

P急発(体調不良などで現れる歯周病の痛みを伴う急性症状)、

私の場合、疲れが溜まると必ずといってもいいぐらいに発症しますので、

バロメーターみたいなもので痛くなったら要注意ですが、

残念ながら 昨日から痛くなってしまいました

症状がでたということは、かなりの疲労だったんでしょう

3~4日で自然に治まりますが頻繁におきては困ります

なんとか、梅雨明けまでにもう少し体力をつけておきたいですね ・・・・






今までとは違う現場でしたので通勤時の光景もいつもとは違いました

いつもは上り電車に乗りますが、今回は下りです

現地の産業は工業が主ですから乗客の格好は殆どの方がカジュアル姿でして、

車中の空気は なんとなく違います

読まれている新聞は上り電車じゃ定番の日経だらけでなく、

スポーツ紙が目立ったのには何故かホッとしました

それもニッカンありスポニチあり報知ありで、何か嬉しくなりました

一般紙でも毎朝読の各紙が目につきましたし、

いつもの黒のパンツに白のシャツと日経のワンパターンでなく、

様々な格好の方が入り混じった光景は、昭和の匂いとでもいうのでしょうか、

どこかのどかで懐かしい感じがしてしました

それが何故か新鮮に映ったから不思議です ・・・・




プロ野球には其々ひいきの球団がありますし、

競馬や競輪に競艇などのギャンブルには予想が付きものですから、

記者の好みもあったりして購買するスポーツ紙は違うのが当然です

お昼ともなれば気の合った同僚達とスポーツやギャンブルだけでなく、

釣りや趣味に芸能など豊富な話題の論議が交わさわれ休憩をとります

ご飯を食べたり好きなことを会話しながらリラックスするのは、

仕事に来て一番楽しい時間かもしれませんし、

午後の仕事の能率を上げる意味でも大切なことです

メリハリをつける意味でも いいことではないでしょうか

そんな空気の光景が時間とともに消え失せていくような気がしてなりませんが、

時代の流れだからといって 何からなにまで一緒くたにしてしまって、

これで本当にいいものなのか ・・・?   疑問でなりません

良いも悪いも時間をかけ先輩達が築いてきた訳ですけど、

一度なくなってしまったら 二度とこの環境というか、

空気を取り戻すことはできないでしょう

たまたまスポーツ新聞をネタにしましたが、

例えを変えたとしても同じ様なことがいえるのがお解りでしょうか

つまらないことと思われるかもしれませんが、

雇用する側にとってもされる側にとっても休憩時の環境はとても重要なことです

心の余裕、 全てにおいて 大切ですからね ・・・・




社風とか職場は其々 個性や環境の違いがあって当然のはずですが、

今はどこも似たり寄ったりじゃございませんか

いつからかは知りませんけど日本企業なのか欧米企業なのか、わかりゃしません

なんで環境まで欧米化しなきゃいけないの?

日本人は器用だの勤勉だの彼らは言うけど、

日本には日本人のやり方があったから今日まできた訳で、

just mistakeで片付ける人達にそう簡単に理解はできないでしょう

正しければ彼らには主張をもっとするべきだし、

日本人を相手にしたいなら義と情についてしっかり教えなきゃダメです

と いっても巨大化しすぎた企業は今のままじゃ無理、  かな ・・・・




再建中の日本航空、

鶴のマークを復活させたJALですが、絶対にあの鶴にはなれません

いくら技術を進歩させ考え方や体質を変えたからといっても無理でしょう

スリム化で残さなきゃいけないものまで切り捨ててしまったみたいですからね

それも日本人にしか解らない大切なものを、

無駄であろうと残さなくてはならないものがあったんじゃないのでしょうか

そこに魂があることを わからないなんて、 寂しい限りです

培ってきたものは人間の心なくしてできませんからね

残念ですが、これぞまさしく日本の現実の象徴です ・・・・




そんなことを考えながら同じ環境で同じ空気の中で働いてきました

火曜日から また同じ場所で作業をしますけど、

忘れられがちであたり前のことを重要視する独りよがりの私は、

はたして 次はどんなことを見つけるのでしょう ・・・・





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心に残る曲で ふと思ったこと

先日 ドナ・サマーさんが亡くなられたことは みなさんもご存知でしょう

2月にはホイットニー・ヒューストンさんも亡くなりました

右側に五つ★で貼ってあるとおり、二人とも私の好きな歌手でした

他にも、ジョー山中さん、柳ジョージさんも去年この世を去りましたが、

ここ一年で好きだった4人の方々が亡くなるとは思ってもいませんでした

心に残る数々の曲、

運命だからしかたないけど、 寂しいですね ・・・・





ジャニス・ジョプリンさんは享年27、

ホイットニー・ヒューストンさんは48歳、

このお二人はご存知のとおり 薬物絡みでしたが、

ドナ・サマーさんは63歳、

柳ジョージさんも63歳、

ジョー山中さんは64歳、

なんか近いですよね

偶然にせよ、この年齢で何かあるのでしょうか?

私も63歳にだんだん近づくし、

健康、即ち日々の生活には気をつけないといけませんね




好みの問題ですが、

私はこの方々の曲が好きです

だけど年中聴いている訳じゃありません

どちらかというと、忘れた頃に聴く曲、

聴くのは、あっても年に数回ってところでしょうか

へたすりゃ聴かない年だってあります

聴く時は1週間ぐらいぶっ続けて聴いていますけどね

何十年もこれの繰り返しです

だけど、飽きません

何故か、年月が経つごとに染みついていくんですよね

同じメロディーや歌詞であっても、

聴く時の自身の状況次第で受け止め方が全然違うし、

環境は変わらなくても 心の持ち方は変わるから ・・・・

音楽っていいですよね

好きな曲を持てて良かったかな




演歌であろうJポップスであろう、クラシックであろう、

この様な想いは、みなさんにもある あたり前のことですが、

ふと思ったので書いてみました

新しいものがどんどん生まれていくけど、

心に残るものはそうありません

使い捨てがあたり前になってしまった今日ですが、

どんなに古くても、良いものは必ず生き残っているはずです

CMで流れる古い曲がいい例ですが、

心の中で生きている、曲なんか正しくそうでしょう

絵画や陶器など 特に趣味嗜好品等、

心を豊かにしてくれるものは勿論ですが、

生活に必要なものだって同じことが言えるのではないでしょうか

長い歳月で愛着が湧くものです




生きている人間が持つ柔軟な心、

デジタルだハイテクだのがいくら進歩しようと、

アナログである人間の心を変えることは絶対にできません

生きていく上で、 

未来のために、 

すべてに於いて、

ここら辺で一度 立ち止まり、

考えてみることが必要だと思っているのは、 

私だけでしょうか ・・・・・






需要は想像から始まる


木のキャンドル 012

2011.9.28に書いたディスプレイ用のキャンドル

資料を引っぱり出していたら切り抜きがファイルに挟まっていました

流木を削り蜜ろうキャンドルに似せた物だけど、

これを作ったのは、もう12年も前のことだ





この日のブログには こう書いていた

「需要は想像から始まる」

本田宗一郎さんの言葉だけど、

私は最近は忘れてしまっていたようだと ・・・



そう、何をするにもつくるにも、

この言葉のように頭の中で、描きイメージしないといけない

全てプラス思考で

偶然だったけど再認識させてもらった

これも始動したおかげです

前向きで動いていれば必ず何かが起こるはず、

立ち止まらないように気をつけよう ・・・



ぽっかり空いた頭脳に イメージを創るために、

今の私には、昔の資料を見るのも大事なことだ

決して過去を振り返ったり、栄光を追っかけているのではない

あくまでも おさらいだ、 やってきた事の ・・・



「需要は想像から始まる」 とは、

HONDA N360をヒットさせた時の言葉であるのは前にどこかで書いたと思う

日本で造られていた軽自動車の総台数を造ると言ったもんだから、

取引先の銀行から、本田宗一郎が狂った とまで言われたそうだ

爆発的に売れるとは、誰もが信じられなかったのだろう

デザインに用途、軽の常識を変え庶民の心をとらえたんだよね

今日の軽ブームの原動力と言っていいだろう



この現象は私に夢を与えてくれた、 だから可能性にチャレンジできる

知らないことやものが目の前に現れ、一人、二人、三人と受け入れ、

徐々に増え、やがて広まっていくと、

それまでの常識が嘘だったかのように変わってしまいます

「みんなと同じ・一緒」、日本人は大好きだし・・・

たとえ今、0.1%でも可能性があるなら、やってみないとね


精神医療に騙されていることだって、

広がっていけば ブームと言ったら変かもしれないが、、

常識をくつがえすような、

大きく 流れを変えるチャンスがあるんじゃないのかな ・・・・

素人だからこんな発想を、と思われるかもしれないけど、

これは、素人だからこそ できる発想じゃないのかな

未だぶ厚い壁が目の前に立ちはだかってはおりますが、

この気持ちを第一に、

病院との戦いは そう思い立ち向かっています


「需要は想像から始まる」

決して忘れてはいけないな ・・・・





「精神薬の薬害を考えるシンポジウム」 へ行ってきます

明日15日はいよいよ「精神薬の薬害を考えるシンポジウム」が開催されます

参加するのは初めてですが、自分なりに吸収してくるつもりです





先日いただいたsatoshi3210さんのコメントには こう書かれておりました

「他の人に正しい情報、よい情報を伝える事を積極的に行う人こそが世の中を変えていくのですから」

「どんどん正しいと思うことを発信してください」

何が出来るのか漠然とし 自問自答の最中にいただいた有り難いお言葉、

今 私がやるべきことを確認しました

それには先端の情報収集は勿論、もっともっと勉強をしなければなりませんので、

明日のシンポジウムを楽しみにしております

自分が体験したことを伝えることで 何かが ・・・

少しでもお役にたてば ・・・・

「精神科は今日もやりたい放題」 を読み、

「精神薬の薬害を考える会」 の記者会見を視聴し、

「精神薬の薬害を考えるシンポジウム」 が開催、

気持ちは増すばかりです



Z病院で現場責任者らとの面談を17日に控え、事前ですので詳細は書けませんが、

明日のシンポジウムが私にとって大切な時間となることは間違いありません

まずは目の前のこの戦に勝つために ・・・・

現実を変えるために ・・・・

行ってきます!





求められる強い精神力

鼻詰まりと咳がまだ治まりません

何だかんだ今日で一週間、

早くスッキリした気分にいなりたいものです ・・・ 

全国的に花見で盛り上がっておりますが、

桜の便りはさておいて、

新年度が始まったばっかりだっていうのに、

日本国中 情けない出来事ばかりですね

いつもの私だと馬鹿みたいにむきになるところですが、

今日のところはやめました

吠えたところで、今のままじゃどうにもなりませんからね、

大事な勝負を控えて、

無駄なエネルギーは使いたくありませんので ・・・・





この一週間、不調で精神的にも少し沈むかなと思っておりましたが、
そんなに落ち込むことなく、何とかこなして週末を迎えることが出来ました
病は気から、と口癖のように言うものの、
風邪が酷くて火曜日はさすがに仕事も休む覚悟でしたけど、
気合いでなんとか乗り越えることが出来ましたし、
萎縮していた神経も、目先を違う方向へ向けたことで今迄みたいにはならず すみました
もし火曜日に休んでいたら、
多分、堕ちていたでしょう ・・・・
こんな小さなことでも 悔いが残っていたはずですからね
無理したのでこうして風邪も長びいてしまったかも知れませんけが、
精神的に勝てたことは以前の私を思い出させてくれました
普通なら一日ぐらい休んだってどうってことはないでしょう
しかし私の場合、置かれている状況が違うし 社会復帰を賭けて戦っている訳ですから、
ここで自分に負ける訳にはいきません
今年で57歳、自分でも情けないですよ
この歳になってこんな戦いをしなきゃいけないなんて
でも、これが現実ですからね ・・・・
更に気合い入れ 強い精神で挑むしかありません



己に勝つために必要なのは、
気合いと根性と忍耐、
極道じゃないけど これしかありません
病気だろうと何だろうと、
最終的に精神力しかないというのが私の考え方です
これは昔から変わっておりませんが、
あれから数年間は忘れていました
今でこそこうして言えるけど、
当時は薬が原因で心身ともに病んでいましたから、
気づきゃしないし、精神論なんて一切考えたことなどなかったのが事実です
完全に壊れてましたからね ・・・
事件が起きなかったのが不思議なくらいです
あの時の精神状態、私の能力じゃ書き表すことが出来ません
恐らく、薬漬けにされ 抜けだそうともがいていた人間と、
冤罪で気が狂いそうになっていた人間をプラスしたような体験を
した方でないと解らないかな ・・・・
人に言われたことは殆ど否定してたし、
とても素直になんてなれませんでしたから、
何も受け入れることなど出来ませんでしたね
甘ったれるな、なんて説教は 以ての外でした
薬をやめていても頭が侵されているままの状態じゃ無意味だし、
自分で気づくまでは、何を言われても きっとダメでしょう
実際に努力しようとしても空回りしたり、タイミングが悪かったり、
焦ったところで上手くなんていきませんでした
このブログを始めていなかったら、
考えると ゾッとします ・・・・



もっと早く知ることが出来ていたら良かったかも知れませんが、
大事なことを気づかせてくれたのはご存知のとおり、
牛久東洋医クリニックの内海先生です
厳しい医療界の現実を教えてくださいました
お陰でこうして戦うことが出来、感謝しております
何事も自分との戦いを乗り越えるには最終的に本人の精神力だ、
という先生の考え方は私もも同じです
ここまで本音で厳しく接してくださる先生が他にいるかどうか知りませんが、
良い先生と早いうちに出会うことが重要な鍵でしょう
どんなに良い先生でも、戦うのは本人次第いうことを、
くれぐれもお忘れなく・・・・



これ等は私が体験したことを書いているだけであって、

決して押しつけているつもりはありませんので、

誤解のないように ・・・・





熊本城の桜と私の関係

悔しいかな、鼻詰まりと咳がまだ治まらず頭もモヤモヤしたままです

二日間無理して仕事に行っちゃったんだから当然といったら当然でしょう

あれだけ酷かったら、安静にしてた方が良かったに違いありませんからね

今日は運よく解放されたので何とか休養することができましたが、

味覚がやられてしまったので食欲はあるものの、食べ物があまり喉を通りません

時間が経つのを待つしかないんでしょうね ・・・・





さて、桜も日本各地で開花しているようですが、
ブログでアップしてくださる方が結構いらっしゃるので、
目を楽しませてくれると同時に心も和みますから嬉しい限りです
体の調子が悪い時だから尚更ですね
特にpaper clipで紹介されていた、熊本城の桜は私にとって印象的でした
記憶では、巨人の原監督のお父さんが監督だった三池工業が春の選抜で優勝した時だから、
たしか昭和40年? 小学校5年生になる春休みのことだったと思います
決勝戦の日は雨で、大牟田にある母方の、
私の叔母にあたる家のテレビをみんなで囲んで見ていました
父は朝倉ですが、母は大牟田の出身で 私を初めて九州へ連れて来てくれた時です
今でこそ世界のブリジストンですが、昭和一桁当時は足袋を造っていたそうで、
同じ年頃の子が働いているのを見ると、女学校に通っていた母は辛かったと よく言ってました
その子達の親の殆どは三池炭鉱で働いていたそうです
元は軍港、軍需に炭鉱、まだまだ貧富の差が激しかった昭和30年代の大牟田、
そんな環境下での甲子園優勝ですから湧きに湧きました
どういう訳かお祝いだと言って、出前のラーメンをご馳走になりましたが、
醤油味しか食べたことのない私は白いスープに驚いてしまいました
考えると、あれがとんこつスープだったんですね
この場面は未だに総天然色で頭にしっかり焼きついてます
たくさんの記憶が6年前に消えているのに、これが思い出せたのは嬉しいですね
雨の中、高台にある先祖のお墓で 桜のすき間から見えた大牟田港、
海が見えるお墓がいいかな ・・・・
母が他界してお墓を決める時、このシーンしか浮かびませんでしたからね
母が眠っているお墓も高台で東京湾を眺めます
私が生まれた時にはもう他界していた祖父母や離れ離れになっている兄姉達と、
洋上の天国で再開し、きっと仲良く暮らしていることでしょう
そして 熊本城で見た桜は本当に綺麗でした
当時私が住んでいたのは中野区でしたが近所に哲学堂という公園があり、
お花見はそこでするのが恒例で 他では中央線沿いの市ヶ谷や、
丸ノ内線と交差するお茶の水とか 新宿御苑に井の頭公園など、
町の中でしか見たことがなかったからかも知れませんが、
兎に角、お城を間近にしての桜は何とも言えませんでした
オタクじゃないのでそんなに沢山のお城で見たことはありませんが、
熊本城の桜が 私の中では一番です



大分在住の登山をされている方は主に九州の山々を紹介されておりますが、
他にも様々な景色もあり両親が九州出身の私にとって気になる存在です
ダイナミックな風景を眺めていると落ち着くし、頭もスッキリするもんですよね
最近は 本物の景色を見てみたい、という気持ちにが強くなりました
今の私にとって、 有り難いことです ・・・・



熊本からだったと思うけど蒸気機関車に乗って阿蘇に向かった記憶があります
たしかスイッチバック? 違ったかな?
ゆっくり走ったような ・・・・
雪がチラついていたっけなぁ ・・・・
火口近くでも寒かったよな、
初めても阿蘇の記憶はこれくらいかな
因みに2度目は夏でしたので山並みハイウエーから壮大な景色を満喫しました



阿蘇には私が会社を潰す前にお世話になった方がお二人住んでおられます
一人は会社を後進に譲り 商売ベース抜きで本当にしたかった事をするためにと、
ある糸へんの会長さんがアトリエを構えております
もう一人は従姉夫婦、画家であるご主人がアトリエを富士から故郷の阿蘇に移し住んでいます
このお二人には破産した時、 激をいただきました
諦めるな、必ず起き上がれ、 マイナスだろが努力し続けていれば必ず出来る! ・・・・ と



父の生家があった現在の朝倉市
母の生家があった大牟田市
連れて行ってもらった、大宰府、柳川、
水前寺公園に熊本城、 そしてお二人に会いに阿蘇へ
先祖の供養と私の原点でもある両親の生まれ故郷を自分の目で確かめに!
行ける日をイメージしながら17日のZ病院面談の準備にかかります



今日は熊本城の桜を見れてよかったです
心の隅にあったことを思い出しましたから ・・・
何かメラメラと蘇るものも感じてきました!
私のブログを訪問してくださる方は平均すれば1日30~40人ですが、
そんな中で他の件も含めて、
何時も これだけ色々とたくさん感じることが出来るなんて、
本当に幸せなことです ・・・・
みなさんには心から感謝します
ありがとう!




風邪がもたらしたこと

今回の風邪は症状が酷いので 今日の仕事はダメだと覚悟をしていたけど、

寝てる間に汗をかいて少し楽になったので気合いを入れて行って来ました

ところが、電車に乗ってしばらく経つと咳が出始め、

横浜駅が近づくと今度はくしゃみが ・・・

降りて迎えの車を待っていると、寒気と鼻水、

仕事前からこれでしたから、 さすがに 不安になりました





仕事が始まると更に追い打ちが

これ等の症状に頭痛が加わりました

仕事に集中するようにしておりましたが、

なんせくしゃみと鼻水がとまりませんので気が散ります

そこに頭痛が加勢したから、もう頭の中はグチャグチャです

すると思わぬことが ・・・

W精神病院で糞みそ一緒の扱いで尿路感染してしまい、

高熱を出してうなされていた時の事を思い出してしまいました

あの時もこんな頭の痛さで苦しかったよなぁ、

助けを求めても誰も相手にしてくれなかったよなぁ ・・・・ なんて

そうなると、もう止まりません

Z病院やL証券のことが一気に頭の中を支配してしまい、

結局、仕事が終わるまでこの状態でした

こんな時って 頭が萎縮してしまうんですかね

具合が悪いといいことありません

如何に体調は良くしておかないといけないか、

改めて思いました



二人一組でやる目視検査だから間違いもなく無事に終えたけど、

洋上や高所とか運転なんかだったら大変な事になっていたでしょう

そう考えると甘いのかもしれませんが、嫌でも出てきちゃうんですよね

忘れられれば簡単なことだけど未解決だからそうはいきません

自分にも原因があるにせよ、ここまで来ると一歩も譲るつもりはありませんが、

この歳になって何年も無駄にしているのも情けないし、焦りもあります

こんな状況下、自問自答を繰り返しながら戦っておりますが、

今日は久々に弱気になってしまいました

常識の違う輩と対等に渡り合うためには、

問題を整理する能力が劣っていると思うし、

まだまだ何かが欠けているはずだし、努力だって足りないんでしょう

そう自分に言い聞かせ、明日からまた頑張ります

みなさんも季節外れの風邪には 気をつけてくださいね!




プロフィール

donjinan

Author:donjinan
色々と経験しすぎな黄昏予備軍♂です
2006年の夏、一夜にして
人生は恐ろしく変わってしまいました
真実を回顧しながら書いていきます

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