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なぜか神経科、だけど

2008年8月下旬、
T先生が辞めたあと、後任のY部長先生が担当医と決まり、引き継ぎの件は一応落ち着いた
しかし、Y先生には 私のことが何も伝わってなかったから大変だ
ぶ厚かったカルテは薄っぺらくなっていて、私の診療履歴すら解らない状態でどうにもならず、
安全管理対策室の責任者M氏が動いて診療体制を整え直した記憶がある
T先生は自分のところへ私が移ると思っていたから、当然 引き継ぎもしていなきゃ、
カルテだって揃えてあるはずない、 私を闇に葬ろうとした とんでもない最低の医師だ
因みに M氏は現在、このC型肝炎治療 副作用問題(本当は事故と書きたいが)の窓口になっている


次の診察日だったか、Y先生の診断を聞いた時はショックだった
「診療履歴 検査結果では特に異常ない、多分 自立神経なので神経科で診てもらってください」
W精神病院を退院して2年、いったい何だったのか?
やはり神経がやられていたのか?
理解できない
頭の中はT先生への怒りでパンパンになっていた


神経科は当時の部長、精神病院に送った当事者のS先生は既に転勤しており、
後任の部長V先生が担当医となった、 Y先生とは以前 同じ病院で連係していたらしく、
まだ若いがY先生のお墨付きだったので仕方なく診てもらうことにした


リーマンショックが起きたころだった
最初は自分で認めることが出来なかったので「V先生には直せないよ」と言うと
「そうかも知れませんね」と返ってきた
これだけのやりとりだったけど、この先生には何かを感じたのかな
この時期、病院の件は勿論、証券屋ともごたごたしていたので少々荒れ気味だった
攻撃的でもあったから、そう状態治療薬と精神安定剤をもらって飲んだが、私には合わず、
その後も種類を変えて試してみたが、効果は殆どなかった


しかし、薬は効かなかったけど、V先生との会話で謎は解けた
ペグイントロン投薬中止後も体内で薬が効いていたのか、副作用が残っていたのか、
どちらか解らないが、薬によって人間が変わってしまったことは事実だ、と確信した
そして通院を重ねるごとに、秘密の鍵は開けられていった



こんなことが大病院で起きているのが現実です
そして皆さんが、こんな目に遭わないことを祈ります



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プロフィール

donjinan

Author:donjinan
色々と経験しすぎな黄昏予備軍♂です
2006年の夏、一夜にして
人生は恐ろしく変わってしまいました
真実を回顧しながら書いていきます

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